大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1110号 判決

控訴人(債務者)

日新運輸倉庫株式会社

代理人

大原信一

外一名

被控訴人(債権者)

高山英世

代理人

上田誠吉

主文

一、原判決を取り消す。

二、横浜地方裁判所が控訴人(債務者)、被控訴人(債権者)間の同裁判所昭和四三年(ヨ)第一〇八〇号動産仮処分申請事件について同年一〇月二一日になした仮処分決定を取り消す。

三、被控訴人(債権者)の本件仮処分申請を却下する。

四、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(債権者)の負担とする。

五、この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文一ないし四項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び疎明の関係は、次に記戴するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する〈訂正・省略〉。

一、控訴代理人の主張

(一)  商法五二一条に規定する商人間の留置権は、一定の要件があれば法律上当然に生ずる権利であつて、これにより商人間の営業取引上の債権者は、流動する商品について一々質権を設定変更する煩雑と担保の請求により相手方に不信を表明する不利とを避け、しかも債権担保の目的を達する機能をもつものである。他面、倉庫業者は、同法六二七条一項により、寄託者から倉荷証券発行の要求があれば、これを発行しなければならない義務があり、その際、寄託者に対し他に未決済の債権があることを事由に倉荷証券の発行を拒むことはできないとされている。

ところで、倉庫業者が倉荷証券を発行した場合、寄託者から預つている他の物品の倉敷料その他の諸掛り債権については、これを倉荷証券に記載するか、又は倉荷証券の所持人となる者と個々的に債務引受を特約しなければ商人間の留置権を対抗することができないというのであれば、商人間の留置権は有名無実となる。蓋し、倉庫業者とその得意先との間には、一般に倉荷証券を発行した物品のほかに大量の取引を継続的になしているのが常態であつて、この場合、倉庫業者は、寄託者に不測の事態が生じ取引上の未払債権が残存しているときは、倉荷証券が発行されていても寄託者から預つている物品が手許にある限り、商人間の留置権をもつて留置債権の満足をなし得ることを期待しているのであり、もし、倉荷証券上記載がないときは倉荷証券取得者に対して商人間の留置権を対抗できないというのであれば、倉荷証券に他の大量取引の諸掛りも記載せざるを得ず、更に寄託者に対し、不測の事態発生前に、あたかも寄託者の信用を疑つたようなことを前提とする特約を締結し、又、証券所持人に対しても寄託者の他の取引上の諸債務について債務引受の手続を一々しなければならぬこととなり、到底実務上実行不可能なことを強制されることになるからである。

(二)  判例の傾向(大審院昭和一一年二月一二日民集一五巻三五七頁、最高裁判所昭和三二年二月一九日民集一一巻二号二九五頁)を検討すると、倉荷証券の文言性とは、証券に記載のない事項は、証券上の記載と相容れないものではない限り、具体的な寄託契約及び法の規定によつて補足され、その効果は当然に証券上の権利義務の内容となるものと解される。

本件留置権は、被控訴人が原判決別紙目録記載の倉荷証券(以下「本件倉荷証券」という。)の裏書譲渡を受ける前、既に弁済期の到来した寄託者申請外株式会社キヨシ(以下「キヨシ」という。)に対する債権を被担保債権として法律上当然に発生しており、本件倉荷証券に記載されなかつたにしても、当然に第三者である証券所持人に対抗することができるのであつて、倉荷証券に記載のないときは、証券の文言性から、これを主張できないとすることは、文言性券性からの論理的帰結ではない。もし、文言証券即抽象証券というのであれば、解釈論として限界を超えるものであり、又、倉荷証券の裏書譲渡による物権的効力について、いわゆる代表説によれば、証券所持人は間接占有を有するところ、これが倉庫業者の直接占有の効果ともいうべき商人間の留置権を破壊することとなる。

判例、学説上も、倉庫業者が保管料等の債権について受寄物の上に民法上の留置権、先取特権若しくは商人間の留置権を有することを当然の前提とし、倉荷証券の文言性の故をもつて、これを否定したものはなく、倉荷証券の所持人は、常に保管料等を支払う意思をもつて倉荷証券を譲り受けるものとする有力な学説があるのをみても、商人間の留置権は疑いもなく証券所持人に対して、これを主張することができる。

二、被控訴代理人の主張

(一)  被控訴人は、昭和四三年六月二九日キヨシと本件受寄物について売買契約を締結して内金を支払い、同日、本件倉荷証券の裏書譲渡を受けた。ところで、控訴人とキヨシとの寄託取引関係は長期の継続的取引関係であり、寄託料等の支払いは、請求書の発行とその送付をまつて履行期が到来するものとして処理されてきたところ、控訴人主張の被担保債権について、控訴人がキヨシに対して、その請求をなし、履行期が到来したのは昭和四三年七月二日ないし八月一二日である。したがつて、右履行期到来前に、前記のとおり本件倉荷証券の裏書譲渡による受寄物の所有権移転があつたのであるから、控訴人は右債権を被担保債権として商人間の留置権を主張することはできない。

(二)  倉荷証券が発行されたときは、寄託に関する事項は、倉庫業者と所持人との間においては、その証券の記載事項によるのであつて(商法六〇二条)、留置権についても同様である。倉荷証券は、受寄物の流通とそれによる金融上の便宜のために発券されるのであつて、そのためには証券の信用を確保することが必須であり、倉荷証券の文言性に関する規定は、もつぱら証券の信用を助長し、その流通を円滑ならしめるために設けられた強行規定であり、倉荷証券の譲受人が、その譲受けにあたつて譲渡人と倉庫業者との間の無限定の債権債務関係のすべてを調整しなければならないとするならば、証券の信用は全くないにひとしい。しかも、譲受人は、この種の調査について何らの便宜もないばかりか、常にその調査不足による危険負担を負わなければならないとするならば、もはや、倉荷証券の証券性はないことになる。

理由

一、被控訴人がキヨシから本件倉荷証券の裏書譲渡を受け、現にその所持人であること、控訴人が被控訴人に対して本件受寄物の引渡しを拒絶したことは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、被控訴人が買主、キヨシが売主となり、昭和四三年六月二九日、キヨシが控訴人に寄託中のアラジンブルーフレームオイルヒーター一〇〇〇函(内訳スタンダード七五〇函、デラックス二五〇函)代金小計一〇二七万五〇〇〇円及びウイック二〇〇〇個代金小計八四万円、右代金合計一一一一万五〇〇〇円を売買する契約を締結し、同日、被控訴人がキヨシに対し右代金の内金として一〇〇万円を支払い、キヨシが被控訴人に対し、先に同月二五日控訴人が作成しキヨシに対し交付した本件倉荷証券(甲一号証)を裏書によつて譲渡したこと、被控訴人が本件倉荷証券の所持人として同年一〇月一五日控訴人に対し本件倉荷証券を呈示して本件受寄物の引渡しを請求したが控訴人がこれに応じなかつたことが一応認められ、これに反する疎明はない。

二、そこで、本件受寄物に対する控訴人主張の商人間の留置権行使の当否を検討する。

まず、〈証拠〉を総合すると、キヨシが機械器具の輸入販売等を業とする商事会社であること、控訴人が倉庫寄託営業等をする商事会社であることが明らかである。

ところで、倉荷証券の裏書によつて受寄物が譲渡された場合、譲受人は倉荷証券の引渡しにより受寄物の引渡しを受けたものとされ(商法六二七条二項、六〇四条、五七五条)、したがつて、当該受寄物は、もはや寄託者所有の物ということができなくなり、倉庫業者は、寄託者に対する、その後に弁済期の到来する債権については、当該受寄物に対し商法五二一条にいう「債務者所有の物」として商人間の留置権を主張する余地がなくなるのであるから、以下、被控訴人が本件倉荷証券の裏書譲渡を受けた時点である前記昭和四三年六年二九日現在における控訴人のキヨシに対する弁済期にある債権の存否を検討する。

〈証拠〉を総合すると、控訴人が昭和四三年六月二九日現在キヨシに対し、キヨシが黒川株式会社名義で昭和四二年二月二七日保管期限同年一一月二日と約して控訴人に寄託し、その後右保管期間を更新していたストローベリージャム五五二六函に関し、昭和四三年三月三一日までの保管料、庫入料、立替金その他同寄託物に関する費用合計八二万九一二一円の弁済期にある債権を有していたことが一応認められ、これに反する疎明はない。

〈証拠〉によると、前記昭和四三年六月二九日現在、控訴人はキヨシから前記ストローベリージャムのほか同年五月一五日寄託を受けたアラジンブルーフレームオイルヒーター一万六一一六函(本件受寄物一〇〇〇函を含む。)、同年六月一日旭光貿易株式会社名義で寄託を受けた同商品三八二六函の保管をしていたことが明らかであるが、同証言中、右物件の保管料(ストローベリージャムについては同年四月一日以降分)その他寄託に関する費用についても、被控訴人が本件倉荷証券の裏書譲渡を受けた頃、既に弁済期にあつたとする部分は、たやすく信用できず、かえつて、〈証拠〉を総合すると、控訴人の倉庫寄託約款(倉庫業法八条一項による。)は、二〇条一、二項において、保管期間を三箇月とし、これを更新する場合は、寄託者又は証券所持人は保管期間満了の日までの保管料、荷役料、その他費用、立替金及び延滞金を支払わねばならないと定めるが(商法六一八条参照)、四八条一項及び四九条において、寄託者又は証券所持人は保管料、荷役料その他の費用を控訴人の定める日までに支払わねばならないとし、その翌日から支払の日まで延滞金を支払うものとするものと定めており、得意先との寄託取引の実際上は、得意先により、定時、又は控訴人の都合により随時その支払を請求しており、キヨシとの寄託取引では、かねてから控訴人の都合により随時請求書を発行して保管料等(延滞金を含まず。)の支払を求めていたこと、前記ストローベリージャムの昭和四三年四月一日以降の保管料及びオイルヒーター全部の保管料等について控訴人がキヨシに対して請求をしたのは昭和四三年七月に入つてからであることが一応認められるのであつて、右事実によれば、控訴人とキヨシ間の寄託契約においては、キヨシが控訴人から随時保管料等の支払の請求を受けたときをもつて弁済期としていたというべきであり、昭和四三年六月二九日現在、前記ストローベリージャムの同年四月一日以降の保管料及び前記オイルヒーター全部の保管料等は弁済期が到来していなかつたといわなければならない。

ところで、前記控訴人のキヨシに対するストローベリージャムの昭和四三年三月三一日までの保管料等八二万九一二一円の債権が、控訴人のためには営業的商行為(商法五〇二条一〇号)及び附属的商行為(同法五〇三条一項)により、キヨシのためには附属的商行為により理じたものであり、かつ、本件受寄物が控訴人の占有に帰した物であることは、いずれも上叙本件事実関係から明らかであるので、被控訴人が本件受寄物を買い受け本件倉荷証券の裏書譲渡を受けた時、既に控訴人の本件受寄物に対する商人間の留置権は発生していたといえる。

三、被控訴人は、本件倉荷証券に控訴人主張の負担の記載がないので、倉荷証券の文言性により控訴人が証券所持人である被控訴人に対して本件留置権を主張することができない旨主張する。しかし、倉荷証券は、寄託に関する事項につき、いわゆる文言証券性(商法六二七条項、六〇二条)を有するけれども、もともと受寄物返還請求権を表彰する、いわゆる要因証券の性質を有するのであつて、法定の商人間の留置権は、これを排除する合意のない限り当事者は当然これに拘束されるのであるから、倉荷証券に格別の記載がない以上倉庫業者において証券所持人に対して対抗することができると解するのが相当であり、受寄物について一たん発生した商人間の留置権が倉荷証券の発行ないし裏書譲渡により当然に消滅すると解することは到底できないから、被控訴人の前記主張は採用できない。《以下、省略》(柳川真佐夫 横地恒夫 平田孝)

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